人生、何事にも無駄なし 続

よく、海外に住んでいるから、日本のことをあまり知らないと思われることがある。

日本に関心もないだろうし、外国かぶれして、日本人の魂のようなものもどこかになくしてしまったのだろうと思われることもある(だからハンガリーの保育を紹介しているのだろうと、飛躍した誤解を受けることもあるが、実際は真逆だと思う)。

サライさんて、日本人なんですか?と聞かれて面くらったこともあるが、たぶんそれは、国籍はというよりは、中身としてはどうなんですか?という質問だったのだと思う。

外国に住んでいると、特に、日本人などあまりいないような地域に住んでいると、「私は日本百科事典ではありません!」といいたくなるぐらい、ありとあらゆることを、日本人・日本代表として質問される。

それはもう、古事記の時代から、アニメの世界、J・pop、そして、政治や教育に関してまで・・・・。

特に、日本語を学びたい人は、たいがい、日本の何かについて関心を持っている。

空手を教えているという人の熱い空手論に頭がくらくらしているところに、忍術を習っているという学生が現れると、忍術??え、消えちゃう術とか??水の上を歩くとか??と、?❓だらけになりながら授業の後にネットを駆使して調べることになる。

「古事記は素晴らしい」という大学生が現れれば、まずい!と古事記の解説本を読むことになるし、「私は茶道が趣味です」という人が現れれば「知りません」とも言えないので、またにわか知識を頭に詰め込む。そういう人は、お花にも着物にも関心があるし、紫式部や藤原家とは・・・といった知識もあったりするので恐ろしい。(この辺りのことは、海外在住の日本人としては絶対に抑えておかなければいけない基本中の基本であるらしい)

ものすごい過去の世界にどっぷりつかっているところで、ジャニーズ大好きの高校生が現れたりすると、あー日本てすごい国だとしみじみと思う。何百年にもわたって、外国人を魅了して尽きない話題というか、要素に満ち溢れた国なのだ。

ある生徒は「私はコオロギの遺伝子の研究をしています」といった。そして、日本のコオロギについて解説してくれたし、彼の友人はウナギの遺伝子の研究をしていて日本に行ったことがあるという。そのうち、ウナギの遺伝子についての話を聞く機会もあるのかもしれない・・・。

日本に関心を持っている人は、日本は素晴らしい国だという。確かにそうだし、それを否定する必要もないのだけれど、いろいろな現実を知っているものとしては、そう簡単に「そう、素晴らしい国なんですよ!」ともいえずに、毎回困ってしまう。

日本の教育って素晴らしいそうですね! 

日本人は謙虚だし、働き者だし、新しいものを次々と生み出すし、経済的にも豊かだし・・・・素晴らしい国ですよね!

うーん、それは確かに、一面的にはそうだけど、でも、それとはまた違った面もあって・・・・でも、その根を掘り返すともっと深く難しい問題もあったりして・・・。一時期は、日本て、日本人て何なんだ??と真剣に考え続け、本を読み漁っていた。

外国に住むということは、常に「あなたは外国人ですよ」ということを意識させられ続けるということでもある。街を歩いていても、喫茶店でお茶を飲んでいても、買い物をしていても、アジア系の人がいない町に住んでいると視線はついてまわる。

ただの”外国人”ではなくて、”私は日本人です”と思うのだけれど、でも、その日本人とは何なのだろう?と考えると、知らないことの方が多すぎて、いったい何から手を付けたらいいのやら…と絶望的な気分になってくる。

だから、外国に住んでいて日本に関心がない、という人も確かにいるのかもしれないけれど、外国に住んでいる人たちは、たぶん日本に住んでいる人たちよりも、よほど日本について考えさせられているし、日々、そのことを突き付けられている。

そして、私は”日本人”ではあるけれど、その前に”私”なんです、と思うと、私っていったい何なんだ?と考え始めたりして、あー人間て複雑だなー、世界って複雑だなーと、ため息をつきたくなってくる。

難民といわれる人は、ある国に受け入れられたとしても、その国に適応することを求められる。それでも、その人の背景となる文化や民族の歴史やその他もろもろのものを、その人は内包している。外国人がある国に適応するということがどういうことか、そして、外国人を受け入れるということがどういうことか、外国に適応せざるを得ない経験をしたことのない人たちに本当に分かるのかなと思う。

冒頭の「何人なんですか?」の質問への答え

「日本人だけど、年々、いろいろな面で中途半端になりつつある気がしています」

・・・・それとも、単なる手抜きで、おばさん化が進んでいるだけ??

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