観光公害・・・

例年、4月の頭に日本での仕事を終えて戻ってくる頃には、チューリップはすでに終わり、真っ白なはずの果物の花も茶色くなりかけている。それ以上に、ハンガリーでの保育研修が続くので、春を満喫できないまま研修の準備に追われる。

でも、今年は春の研修がない!

残念だけど・・・でも、数年ぶり、いや、何十年かぶりに春をたっぷりと味わうことができて、とっても幸せです♪ 

ハンガリーでの生活の報告を・・・と思っていたところで、引っかかる言葉にぶつかってしまった。

朝日新聞のネット版にのっていた「観光公害」という言葉。

分かる。分かるけど、引っかかる。

というのも、この何十年、日本は世界中に観光客を送り込んでいた。ヨーロッパなど、シーズンになればどこに行っても日本の観光客の団体だらけで、いったいここはどこだ??と言いたくなるぐらいの光景が当たり前だった。

日本人の観光客は、その土地の人々の迷惑になることもなく、お金だけを落して、おとなしく観光して帰ってきていたのだろうか?

地元の人たちが、年に滅多にない楽しみとしてきれいに正装してやってくるオペラハウスに、ジーパンとTシャツや軽装で入ってくる日本人のバックパッカーはいなかったか?

それなりのランクのあるレストランに入ってきた日本人の団体に、添乗員が「今日のメニューですけどー」と大きな声で説明を始めることはなかったか?

お金のことで現地の人にいやな思い、不快な思いをさせてしまった日本人観光客は決して少なくないと思う。

現地の人たちにとってはとても思い入れのある、過去を思って胸が痛くなるような場所にカメラを持った観光客が現れ、「へー、ここなんだ」とシャッターを押して、ついでにそこにいる人たちも撮って「次、どこ行く?」と通過していく。

迷惑をかけるつもりはなくても、分からないが故に行ってしまう失敗もたくさんある。

日本では当たり前のことが海外では受け入れられないこともあるし、それは逆も同じくだ。

お互い様だから、我慢し合いましょうと言いたいのではない。

私たちもしていることだよね、ということをまずは認識してほしい。まるで自分たちには関係がないかのように「観光公害」と解釈するのではなく。

「公害」と表現されることで、日本人と日本にやってくる外国人との対立といった様相を帯びてこないのだろうか。一般的な「公害」は、普通、起こした方に問題があると思うのだが、日本に来る観光客の問題は、どちらかというと受け入れ側、国や町の対応の遅れが原因の部分もあるのではないだろうか。

その言葉があることで分かりやすくなることもあるけれど、逆に混乱することもある。

日本のように新語、造語を作るのが好きな国って、他にもあるのでしょうかね??

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